「長年連れ添った妻(夫)に、せめて自宅だけは確実に残したい」——そう考えて話に出てくるのが 『おしどり贈与』です。正式には贈与税の配偶者控除といい、 婚姻期間20年以上の夫婦なら、居住用の不動産(またはその取得資金)を最高2,000万円まで非課税で贈与できます。
名前も響きも良く、「これで安心」と飛びつきたくなる制度です。 ですが実務では、実家という不動産をそのまま配偶者に生前贈与すると、かえって税金・費用が高くつくケースが少なくありません。
この記事は制度のPRではなく、「自分の家庭で本当に得か → デメリットは何か → 使うならどう使うか」を判断するための保存版です。 実家を負動産にせず、家族のお金を1円でも守りたい人のための地図としてまとめます。
目次
結論:おしどり贈与は「使わない方が得」なことも多い
このセクションの要点:配偶者はもともと相続税で大きく優遇されているため、生前贈与のコストが上回りやすいのが実情です。
先に結論を3点でまとめます。
- 制度:婚姻20年以上の夫婦で、居住用不動産等を最高2,000万円+基礎控除110万円まで非課税で贈与できる(出典:国税庁 No.4452・2026年9月時点)
- 落とし穴:不動産を生前贈与すると登録免許税や不動産取得税が相続より高く、配偶者は元々相続税の配偶者控除(1億6,000万円まで非課税)で守られているため、贈与税が非課税でもトータルで損しやすい
- 結論:「節税」目的だけなら使わない方が得なことが多い。使うなら離婚・再婚・相続争い回避など「税以外の目的」がある場合に絞る
「非課税」という言葉だけで判断すると、あとで登記費用や不動産取得税の請求書を見て青ざめる——これが一番多い失敗です。 まずは「贈与税がタダ=得」ではない、と頭を切り替えてください。
※本記事は一般的な情報提供であり、個別の税務判断ではありません。適用の可否や具体的な税額は、税理士または所轄の税務署にご確認ください。
そもそもおしどり贈与とは?要件を整理
このセクションの要点:使えるのは婚姻20年以上・居住用・一生に一度など、条件がしっかり決まっています。
おしどり贈与(贈与税の配偶者控除)の基本要件は次のとおりです(出典:国税庁 No.4452・2026年9月時点)。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 婚姻期間 | 贈与の時点で婚姻20年以上の夫婦 |
| 対象 | 居住用不動産、または居住用不動産を取得するための金銭 |
| 控除額 | 最高2,000万円(基礎控除110万円と併用可) |
| 回数 | 同じ配偶者からは一生に一度だけ |
| 申告 | 贈与税が0円でも、贈与税の申告が必要 |
※要件・添付書類の詳細は国税庁 No.4452 夫婦の間で居住用の不動産を贈与したときの配偶者控除(2026年9月時点)をご確認ください。
ポイントは「居住用」「一生に一度」「非課税でも申告は必要」の3つ。 投資用の築古戸建てや、住んでいない実家は原則対象外です。あくまで夫婦が今住んでいる自宅が主役の制度だと押さえてください。
デメリット4つ|相続より高くつく理由
このセクションの要点:贈与税は非課税でも、登記費用・不動産取得税・相続時の特例まで含めると相続より不利になりがちです。
「非課税」の裏で発生するコストを、実務で効く順に4つ整理します。
登録免許税が高い
贈与は税率2%、相続は0.4%
不動産取得税がかかる
相続なら非課税だが贈与は課税
相続税では元々優遇
配偶者は1億6,000万まで非課税
特例が使えないことも
小規模宅地の特例は生前贈与だと不可
1つめは登記コストです。名義を移す登録免許税は、贈与だと固定資産税評価額の2%ですが、 相続なら0.4%。同じ自宅でも、生前に贈与するだけで登記税が数倍になります。
2つめは不動産取得税。相続で取得した不動産は非課税ですが、贈与で取得すると課税対象になります。 「非課税で2,000万円分もらえた」つもりが、登記税と取得税で数十万円単位の出費になることも珍しくありません。
3つめが一番の本質で、配偶者はそもそも相続税で強く守られているという点です。 相続税には配偶者の税額軽減(1億6,000万円または法定相続分まで非課税)があり、 多くの家庭ではそのまま相続しても配偶者に相続税はかからないのが実情です。 つまり「非課税で移す」ために、わざわざ登記税と取得税を払うのは本末転倒になりやすいのです。
4つめは特例の取りこぼし。自宅の土地は相続時に小規模宅地等の特例で評価を大きく下げられることがありますが、 生前贈与してしまうとこの特例が使えなくなる場合があります。「相続でこそ得だった優遇」を自分で手放すことになりかねません。
相続で受けた場合と表で比較
このセクションの要点:同じ自宅を「生前贈与」で移すか「相続」で受けるかで、かかる税金の顔ぶれが変わります。
おしどり贈与(生前贈与)と、何もせず相続で受ける場合を、実務で効く項目だけで比べます。
| 項目 | おしどり贈与(生前) | 相続で受ける |
|---|---|---|
| 登録免許税 | 評価額の2% | 評価額の0.4% |
| 不動産取得税 | かかる | 非課税 |
| 配偶者への課税 | 2,000万円まで贈与税なし | 1億6,000万円まで相続税なし |
| 小規模宅地の特例 | 使えないことがある | 使える可能性が高い |
※税率・控除は制度の一般的な枠組みです(出典:国税庁 No.4452・2026年9月時点)。実際の税額・適用可否は財産全体で変わるため、必ず税理士・税務署にご確認ください。
表を見ると、純粋な節税目的では相続を待つ方が有利なケースが多いと分かります。 「贈与税が非課税」という一点だけで判断せず、登記税・取得税・相続時の特例まで含めた総額で比べるのが鉄則です。
それでも使うと効く3つのケース
このセクションの要点:税だけを見ると不利でも、「税以外の目的」があるときはおしどり贈与が生きます。
デメリットが多い制度ですが、次のような「税以外の狙い」があるときは選ぶ価値があります。
- 相続争いを避けたい:自宅を先に配偶者名義にしておくことで、他の相続人との遺産分割トラブルから住まいを守りやすくなる
- 配偶者の生活基盤を確実にしたい:子との折り合いが不安な場合など、「配偶者が住む家」を生前に確定させておける
- 将来の相続財産を圧縮したい:財産総額が大きく相続税がかかる見込みの家庭では、自宅を生前に移して課税対象を減らす効果が出ることがある
逆に言えば、相続税がかからない普通の家庭が「節税」だけを狙って使うと、コスト負けするのがおしどり贈与です。 「なぜ生前に移すのか」という目的が税以外にあるかどうかが、使う・使わないの分かれ目になります。
子どもがいない夫婦は、自宅の行き先で特にもめやすい典型です。配偶者に確実に残す方法は 子なし夫婦の相続は誰が?配偶者に実家を全部残すには遺言が必須 もあわせて読むと、遺言との使い分けが見えてきます。
使うと決めたときの進め方
このセクションの要点:目的の確認 → 総額の試算 → 登記と申告、の順で進めると失敗しません。
比較したうえで「それでも使う」と決めたら、次の順番で進めます。
図解:おしどり贈与を使うときの進め方
最大の注意点は、贈与税が0円でも「贈与税の申告」をしないと配偶者控除は受けられないことです。 翌年の申告期限(原則3月15日)までに、戸籍などの必要書類をそろえて申告します。
- まず:なぜ生前に移すのか、税以外の目的(争い回避・住まいの確保など)をはっきりさせる
- 次に:登録免許税2%・不動産取得税を含めた「贈与した場合の総額」を、相続で受ける場合と数字で比較する
- 迷ったら:一度移すと戻せないので、必ず税理士に相続まで含めた試算をしてもらってから実行する
親が高齢の場合は、判断能力があるうちに動けるかも重要です。認知症が進むと贈与契約自体が結べなくなる点は 認知症の親の実家が売れない|成年後見と家裁の許可・今できる対策 で詳しく触れています。生前対策の全体像は 実家の生前対策は何をする?親が元気なうちの準備リスト も参考にしてください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務・法務上の助言ではありません。適用の可否や税額の計算は、必ず税理士または所轄の税務署にご確認ください。
次に読むべき記事
このセクションの要点:贈与・相続の税金は「単体」でなく「実家をどうするか」の全体像で判断すると迷いません。
おしどり贈与だけで完結する話ではありません。実家をめぐるお金の判断は、次の関連記事を意思決定の順に読むと全体像がつかめます。
- もう一つの生前贈与の枠:相続時精算課税の110万円控除はいつから?実家の生前贈与に使う
- 親が元気なうちの準備:実家の生前対策は何をする?親が元気なうちの準備リスト
- 子なし夫婦の配偶者対策:子なし夫婦の相続は誰が?配偶者に実家を全部残すには遺言が必須
- 相続後の全体像:実家の空き家を相続したらどうする?放置のリスクと3つの選択肢
- 売れないときの出口:相続した実家が売れないどうする?負動産化を防ぐ出口5つ
「配偶者に残した自宅」も、いずれ空き家になれば維持費や固定資産税が重くのしかかります。 「売る」ではなく「貸して資産にする」道を検討したい方は、格安中古物件投資の基本を 空き家問題を「資産」に変える。格安中古物件投資入門 で解説しています。実家を負動産で終わらせない選択肢として、あわせてご覧ください。
まとめ
おしどり贈与(贈与税の配偶者控除)は、婚姻20年以上の夫婦で居住用不動産を最高2,000万円まで非課税で贈与できる制度です (国税庁 No.4452・2026年9月時点)。
ただし不動産を生前に移すと登録免許税2%・不動産取得税がかかり、配偶者はもともと相続税の配偶者控除で守られているため、 節税目的だけなら使わない方が得なことが多いのが実務の結論です。
使うなら相続争いの回避や住まいの確保など「税以外の目的」があるときに絞り、 登記税・取得税・特例まで含めた総額を税理士に試算してもらってから実行する——これが後悔しない順番です。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務・法務上の助言ではありません。 実際の手続きにあたっては、必ず税理士や税務署など専門家にご確認ください。